語り部による絵解き熊野本宮館開館3日目。午前は熊野参詣曼荼羅の絵解きがありました。本宮の語り部は比丘尼姿でなく、
「白張」の姿です。語り部さんの語りも本宮、新宮、那智それぞれで個性があって聴き比べるのが面白いです。
OMC十津川太鼓倶楽部午後12時30分からは奈良県十津川村のOMC十津川太鼓倶楽部の演奏がありました。私は
玉置神社の例大祭で拝見して今回で2回目でしたが、最前列で聴くと以前聴いた時より何倍もの迫力を感じ、鼓膜も建物全体もビリビリと振動し、天井から何か粉が落ちてきて、建物大丈夫やろかとちょっと心配になったぐらいでした。とても力強い演奏で、途中でバチが折れて取り替えていたのにも驚きです。魂をこめた音の連打、素晴らしい太鼓の演奏でした。
午後1時30分からは作家の荒俣宏さんによる基調講演「熊野の自然と信仰」、とても興味深く面白い講演でした。博物誌的な内容で、厖大な知識から成り立つ世界観から熊野の存在意義をわからせてくれたと思います。
スライドの画像を見ながらのお話で、はじめに世界各地の世界遺産について、紀伊山地と似ている場所や世界遺産の現状や維持状況(末梢されたケースなど)、未登録でも世界遺産に値する場所について等語られました。
中国の泰山と熊野の関連についてのお話では、泰山はじめ死の山を巡った「方士」は修験の元祖なのではないか、ということや、吉野に桜が沢山あることも、死と桜の関係の深さを指摘され、
花の窟とイザナミノミコトについても、やはり紀伊山地というのは様々な死と再生の物語が織り込まれた場所なのだと思いました。
“蘇り”というのは良い事か悪い事か、両義的な問題でもあると指摘され、蘇りの地というと単に“癒しの地”として語られがちですが、荒俣さんはそんな安直な思考でなくて流石だと思います。
南方熊楠とエコロジー運動についても、熊野の自然を守ったのは熊楠だけでなく一般市民の力があってこそで、各地の自然は結局関係者、地元民が守るものだとお話しされ、熊楠は生と死をつなげようとしていたのではないか、という言葉もとても印象的でした。
その後再び熊野参詣曼陀羅の絵解きが行われ、3日間に渡る開館記念イベントは終了。熊野本宮館、今後も熊野古道の拠点として活用されていってほしいと思います。