東北の民俗芸能復興を応援する活動のリンク

2007年10月31日

にへーでーびる!

晴れ。奉告祭が終わってだいぶ体調が回復してきたものの、時々鈍い腹部痛があったので午前中町内の病院へ行き、検査をしていただきました。結果、内臓(肝臓、膵臓、胆嚢etc)に異常なし。胆石もなく、腫れてもいないそうで、血液検査の結果も数値は正常範囲内でした。

ということは症状の原因はどこにあったのかというと、結局胃腸の炎症だったようです。鍼灸師さんも消化器から症状がきていると言っていたので、やはりそうだったんだな〜、としみじみ。薬をいただき、様子をみることになりました。このクリニックにはレントゲンやエコーの他に胃カメラもあり、わざわざ遠出しなくても胃の検査ができるんだ、と知って、ちょっと安心です。

ひとつ感心したのは、今日診ていただいたクリニックの先生は私が問診の時以外にエコー検査の時にちょこっと話していた事も、患者データの中にしっかり書き入れてあったこと。丁寧に診察していただいたのだな、と、嬉しく思いました。
高野山でひいた「御仏籤」には“病気”の項目に「次第によくなる」と書いてあったので(なぜか辛口な内容のおみくじでしたが、その項目だけ救いがあった)、その通りになってくれるといいな、と思います。

午後は語り部2名で三軒茶屋から本宮大社まで、沖縄からの御一行様をご案内。今日の熊野は沖縄と同じぐらいの暖かさだそうで(!)、いつもこんなにあったかいの?とたずねられました。
おおらかなかんじの方が多く、なごやかな雰囲気でゴールまでご案内できました。帰り際に「にへーでーびる!」と挨拶してくださったお客様があって、「沖縄の言葉ですね!熊野では“おおきによ!”って言うんです」と、「おおきに!」と、お見送りしました。「にへーでーびる」も「おおきによ」も、「ありがとう」の意味(おおきによ、の方が広範囲の意味を持ちますが)。方言って味があって素敵だな、と思いました。

ちんすこうと黒砂糖をいただき、帰宅後夫婦で食べました。うーん、珍なる味。ごちそうさまです。
posted by そま@み熊野ねっと at 20:06 | 語り部

2007年10月26日

渓流下り?

曇りのち雨。語り部2名で発心門王子から本宮大社旧社地・大斎原までツアーの皆様をご案内でした。

伏拝王子前の茶屋でお弁当をいただき(普段は土日祝日の営業ですが、今日はツアーの方々の為に開けてくださったようです)、そこまでは小雨程度だったのですが三軒茶屋あたりから雷雨がはじまり、雨も強くなってしまいました。

雨が降った時の古道は道のくぼみに水がたまり、場所によって小川状態になるのですが、見晴らし台あたりから先が特にプチ渓流下りのようになってしまいました。でも今日のお客様は一列になって道のはしっこの水のないところを選んで上手に歩いていらしたので、怪我もなく無事本宮大社に到着できました。

終了後は雨で冷えたのでもう1人の語り部と一緒に即、温泉へ。こんな時は温泉のある町に住んでいて本当によかったな〜、と思います。
posted by そま@み熊野ねっと at 20:23 | 語り部

2007年10月17日

新作神楽奉納

晴天。本日は、いよいよ新作神楽の奉告祭です。

朝8時から神社でリハーサル。私は何をしていたかというと箏担当で、宿坊から本殿前に移動しただけでも全部の弦の音がずれたのであせりましたが想定内の事ではあったので、もう1人の箏の人と、黙々と調弦。

調弦が終わって一旦拝殿に箏を移動し、神職さん用の白衣&袴に着替え。今年は長刀踊りといい新作神楽といい、袴に御縁があります。袴をつけると、とても身が引き締まるかんじがしました。

着替えて本殿前でまた調弦すると、本殿から拝殿→拝殿から本殿に移動しただけなのにまた弦の音が全部変わってしまったので内心あせりましたが、なんとか調弦。移動はどうしても必要な事でしたが箏って場所を極力移動しない方が音が安定するものなのだ、とつくづく実感しました。

調弦が終わると遠路はるばる友人が来てくれたのがわかり、喜びの再会。ほどなく祭典がはじまり、斎主一拝、修祓、献餞、祝詞奏上の後、いよいよ新作神楽の奉納です。いつもの通りに、いつもの通りにと思いつつ、ノリよくひけました。いえ、2曲とも静かな曲なんですが。でもいつもはもっと曲のイメージをふくらませながらひいているのに、本番は音そのものに集中しているかんじだったので、自分でも緊張しているんだなー、と思いました。

無事2曲の奉納が終わり、玉串奉納、撤餞、斎主一拝の後、宮司さんと作曲の方のご挨拶を聞いている時に、すごく嬉しい言葉があったので涙ぐみそうになりました。どんなたいへんな事にも終りはあり、報われる事もあるのですね。練習期間は約2ケ月という短期間しかなかったのですが、みんなよくやったよ・・・って思いました。後悔のないように頑張った甲斐がありました。お世話になった方々に、感謝、感謝です。

終了後はお弁当をいただき、友人とおでかけ。心身からいろんなものが解放されてゆく中、ゆっくりお話できて嬉しく思いました。続きを読む
posted by そま@み熊野ねっと at 18:01 | 御神楽

2007年10月06日

未完成映画「熊楠 KUMAGUSU」

晴れ。田辺市の紀南文化会館で開催された「田辺・弁慶映画祭」へ行きました。会場前の公園ではフリーマーケットなどが催され、駐車場は満員状態。田辺市都心部、賑わってるな〜。などと思いつつ、駐車場の順番待ち。5分程待って無事駐車でき、午後の上映分で竹藤佳世監督の「半身反義」という映画をはじめに鑑賞しました。

「半身反義」は「東京オリンピック」「日本万国博」等の映像を手がけた記録映画作家の山岸達児氏のドキュメント。脳梗塞で倒れた山岸氏やその周辺の人々へのインタビューを通して20世紀〜21世紀の歴史と映像史を振り返り、「幻想のタツジ」という登場人物を登場させ、山岸氏の過去から現在までを描いています。

描く対象への愛情が感じられた作品で、特に半身不随状態の山岸氏が「幻想のタツジ」へビデオカメラを手渡すところなどは、氏の生命力・可能性を解き放つようにも思えました。

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5時10分からは、山本政志監督の未完成映画「熊楠 KUMAGUSU」の特別上映。
私がこの映画の存在を知ったのは16年ほど前だと思いますが、その頃町田町蔵+北澤組のライブのあったイベント会場でこの映画のための募金箱が置いてあり、私も少額ながら寄付をした記憶がありました。

なぜそのライブ会場に募金箱があったのかというと、映画の青年期の熊楠役が町田町蔵(町田康)氏だからです。
さてあれからあの映画はどうなったのだろう?と気になっていました。

パイロット版を観て、この町田氏の熊楠は、なんというはまり役なのだろう!と思いました。熊楠の、あの、目の力を表現できるのは町田氏がぴったりだと思います。

パイロット版(約27分)の内容、うろ覚えメモ書なのでネタばれ満載です↓

青空→空撮の熊野の山々→那智の山中(二の滝あたり?)→鼻歌歌いつつ植物採集する熊楠(熊楠役の町田氏、熊楠の風貌にそっくり!)→同行の者に危険な崖の上のキノコをとらせる(死んだらきのこにあんたの名前つけたるわ〜、で会大笑)「粘菌やきのこは生命そのものや」というセリフがあったと思います→熊楠、自宅で執筆(いわゆる南方曼荼羅も描かれていた。この室内の様子がすごい、山のような書物、採集物。熊楠の家はこうだったんだろうな、と思わせるカオス)→芸者と宴会(熊楠はどこでもヘドを吐くことができたらしい。裸踊で反吐を撒き散らす)→家人に文句言われる→朝早く起きて植物採集へ→船で田辺の神島(かしま)へ。「神の島とはよく言ったもんや、ここは植物の楽園や」というセリフがあったと思います→晩年の熊楠氏(ここは渡辺哲が演じたようです)庭一面に色とりどりの花々が咲く・・・。

この映画はいわゆる道徳的な“偉人の伝記映画”ではなく(この監督の映画でそうなることは考えにくい)、全体的には破天荒な部分も含めて人間としての熊楠が生き生きと描かれるだろうと感じました。
しかし町田氏、なんというはまり役!熊楠の目の力や性質などを、作ったかんじでなく自然に表現できてしまうのは、彼ならではだと思いました。本当に、熊楠が山中を歩いていたらこんなかんじなんだろうな。
でも和歌山の地方新聞各社の記事では「主演は渡辺哲ら」としか書いていないので何でだろうと思いました(渡辺氏の登場はパイロット版では少ないと思います。完成版ができたらもっと登場場面が増えるのだろうか)。

「熊楠 KUMAGUSU」、パイロット版でも結構面白かったのでぜひ完成してほしいのですが、田辺市の多大な協力にも関わらずこの映画が頓挫していることで多くの市民が映画製作に不信感を持ってしまったのも事実。だから撮影は再開してほしいけど、田辺市民の協力を再び得るにはそれなりの覚悟がいるだろうな、と思います。
posted by そま@み熊野ねっと at 20:23 | 日記

2007年10月02日

高野山・秋の結縁潅頂

晴れ。高野山の秋の結縁潅頂(けちえんかんじょう)に、友人と2人で行ってまいりました。

春に比べて秋は人出も待ち時間も少ないようにも思えたのですが、やはりゴールデンウィークと平日の差なのでしょうか。お昼に木の葉丼をいただき、11時、いよいよ結縁潅頂へ。

春の結縁潅頂と手順はほぼ同じでしたが金剛峯寺に入壇する順路が春と秋では逆でした。秋はお堂を左側へまわって入壇、これは御堂内の曼荼羅の位置が春とは左右逆だからそのようになっているらしいです。

お堂で真言を唱えて順番を待ち、お坊さんの法話を拝聴。
ご友人が人助けをされた時のお話をされていて、目の前に困っている方があって助けようと思ったその時の決意を

逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ!

と表現されていて、その言葉の抑揚がアニメのエヴァンゲリオンのシンジくんを思わせ、すごく良いお話なのに煩悩いっぱいの私の脳内は一気にエヴァンゲリオンモードになってしまいました(帰路友人と私の間では「高野山のシンジくん」として話題になりました)。

法話拝聴の後、春と同じように印を結んだ手のまま仏様の絵のある和紙で目隠しをされ、そのまま曼荼羅へ導かれ、途中で指にはさまれる花びらのような紙を曼荼羅に投じて仏様とのご縁をいただきました。
本日も大日如来様のご縁をいただき、お寺を満喫。煩悩真っ最中だった私の心がたいへん洗われ、気分爽快になりました。やはり本日も顔が「使用前・使用後」みたいになっていたようです(^^;)。

その後喫茶店で一服し、参道を奥の院まで。以前と別の道から行ったのですが、その道は武将等歴史上有名な方のお墓が多く、「歴史街道」と勝手に命名。歩くたびにいろいろな発見があります。

奥の院はやはり本日もお大師さまのオーラの泉。団体さんも個人の方も熱心にお参りされていました。私はお堂で「御衣切(おころもぎれ)」をいただき、手に取ると何か力強い感覚がありました。
御衣切とはお大師様が高野山で今も生きておられるということで毎年3月21日に衣替えをされるので、その時の御下りの御衣を小さく切られたという御布が入っている御守りです。御利益がありそう。

春の胎蔵界と秋の金剛界とあわせて金胎両部の結縁潅頂コンプリート。お寺でリフレッシュでき、またまた仏縁と友人に感謝の1日でした。
posted by そま@み熊野ねっと at 21:13 | 日記
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