東北の民俗芸能復興を応援する活動のリンク

2009年02月28日

牡蠣雑炊

熊野古道葉書の在庫チェック・納品の日でした。今月はセットのみ売れて、バラはなし。でもご購入くださった方々、ありがとうございます♪
夕飯は牡蠣雑炊。はじめて作ってみましたが、昆布とかつおぶしでダシをとって、にんじんと、我が家の庭の三つ葉を入れて、我ながら上出来でした。牡蠣っておいしい〜。



夜は雅楽の練習。私はが終わるまで龍笛以外は吹かないようにしているので、篳篥はしばらくお休み。篳篥の練習を続けていると、龍笛が吹きにくくなってしまうのです。なので笙の人と龍笛の人のみという構成で越天楽、五常楽急など練習しました。
posted by そま@み熊野ねっと at 23:19 | 日記

2009年02月27日

太鼓踊り教室4

夜、大瀬の太鼓踊り教室第4回。前回大瀬の方に教えていただいてだいぶわかりやすくなったものの、時間がたつと忘れてしまう部分もあり、わからない点を確認する為に昔の記録ビデオをみんなで見直してみたり。

踊りのはじめから最後になるにつれてだんだんテンポがはやくなってゆくのも大事なところです。
覚えきっていないうちはまめに復習しておかないといけませんね。

太鼓踊り教室3
太鼓踊り教室2
太鼓踊り教室1
2002年の盆踊りの記録1
2002年の盆踊りの記録2
本宮町の盆踊り
タグ:太鼓踊り
posted by そま@み熊野ねっと at 23:36 | 伝統芸能

2009年02月26日

鹿肉

夫がおみやげに鹿の足を1本ぶらさげてきました。
はじめは逆光で何を持っているのかよくわからなくて、高枝切鋏?と思ったのですが、よく見ると、皮をはぎたての鹿の足でした。知人宅でもらってきたらしいです。

肉をとり、短く切断した骨を鍋で煮て、とれたダシでスープを作り、ふきのとうのてんぷらと一緒にお夕飯にしました。

ダシをとったあとの骨は、わんこたちのおやつになる予定です。


わんこ用鹿肉おやつ
タグ:鹿
posted by そま@み熊野ねっと at 22:28 | 日記

2009年02月25日

珍百景にお燈まつり

テレビ朝日「ナニコレ珍百景」を見ていたら、珍百景No.212に“燃える男の祭”として「お燈まつり」が認定されました。俳優の野村将希さん、ちゃんと禊から神事に参加されて上り子さんとしてレポートなさっていて、熱いなんてもんじゃない!と、お燈祭の迫力に圧倒された様子を語っていらっしゃいました。

和歌山県内の「珍百景」として、現時点では和歌山市有本の“ラーメンが自然に動く店”まる豊、和歌山市毛見の“超大物がいる釣り堀”和歌山マリーナシティ海釣り公園、高野山の白蟻の供養塔、海南市・藤白神社(全国の鈴木さんを歓迎する神社)、紀美野町で橋を支える巨大岩(立岩さん)、那智勝浦町・ホテル浦島のエスカレーター、すさみ町の海中ポスト、かつらぎ町の鎌八幡宮の御神木、等々がバックナンバーにありました。

白浜の歓喜神社も珍百景にとりあげられたらいいんじゃないかと思います(ゴールデンタイムですが)。
タグ:お燈祭
posted by そま@み熊野ねっと at 21:40 | 日記

2009年02月24日

道具

書道教室4回目。前半は松尾芭蕉
「白菊の目にたてて見る塵もなし」
という句を書いたお手本をいただき模写していました。そういえば芭蕉の弟子たちが来熊していますね(芭蕉自身は熊野という言葉が出てくる句をひとつ詠んでいますが来熊していません)。

松尾芭蕉の俳諧:熊野の歌

漢字と仮名をまじえて詩文などを書くのは“調和体”というようです。基本の楷書からはなれた字を書いたのは初めてでしたが、言葉の意味を考えながら文字の造形そのものを楽しめるかんじがしました。

後半また「かな文字」を書いていた私に同じ教室の人が「かな用半紙」というものをわけてくれたので、はじめて使ってみました。とても薄くてはじめは扱いにくかったのですが、書いてみると墨がにじまず、何文字も続けて書くのにはもってこいでした。

使う道具で変わるところも、笛と筆は似ているよね。という話を友人としていました。






魅せる「かな」を書く―はんなり書道入門 (NHK趣味悠々)

墨液 三歌仙/かな・手紙用 50ml
タグ:かな用
posted by そま@み熊野ねっと at 23:36 | 日記

2009年02月23日

巻絹と梅

大斎原の梅

本宮大社旧社地・大斎原の梅が咲いていました(今月19日撮影)。国道沿いの、木の鳥居(第一鳥居)のあるところです。丁度となりに謡曲「巻絹」の小さな案内板があります。

謡曲「巻絹」熊野本宮が舞台になったお話で、都から巻絹を届けにあがった使者が、音無の梅にみとれて和歌を詠んだ為に遅刻し咎められているところを神憑りした巫女に助けられるお話です。

元々の音無の梅は明治22年の大洪水で流出してしまったそうですが、鳥居近くに植えられた梅の木が満開の花を咲かせていました。

音無に咲きはじめけむ梅の花 匂はざりせばいかでか知らまし

(謡曲:巻絹より)

「巻絹」についてはみ熊野ねっと/謡曲「巻絹」熊野の説話をご参照ください。
タグ: 巻絹
posted by そま@み熊野ねっと at 23:01 | 日記

2009年02月22日

インターネット雑感

パソコンとインターネットについて雑感です。
私がパソコンというものを知ったはじめの頃は研究者向けの高価なものというイメージが強かったのですが、家庭用PCが普及しはじめてから一般の人たちにも使いやすい情報処理機になっていったと思います。

インターネットが一般家庭で使えるようになるまでは文字中心の「パソコン通信」という通信方法で、毎月毎月とあるグループの通信をコピーして送ってくれる人がいたのが懐かしいです。
Wikipediaのパソコン通信の解説ページ
自分自身がPCを使い始めたのは10年前になりますが、その頃は顔を知らない者同士でも共通テーマについて語り合うことそのものが中心だったように思います。

でも今は携帯電話の延長のようにコミュニケーションの手段としての意味合いが強いのかなと思う事があります。オフで知っているヒトでないと書きこんだらいかんのか?と思うようなこともあるしね。

HTMLを知らなくてもブログを申しこめば簡易ホームページがすぐ作れるようになった今、多くの人が記事を発表できる機会を得たと思います。その事自体は悪くはないのでしょうが、ネットのマナーを知らない初心者でも文字さえ打てれば記事を作れてしまう安易さも生み出してしまったのではないでしょうか。

よその記事を転用する場合に引用元がわかるようにリンクをはる、あるいは引用元のサイト名を明記するのは最低限のマナー。わかっていない人が時々いて、注意するとたいがいの人は訂正してくれますが、中にはろくに謝らない人もいてあきれます。初めての書き込みで挨拶なしの何様かと思うような方もありますが、そういう人も増えてしまったように感じています。
時代や手段が変わっても、どの通信もその先には生きた「人」がいるのだということを忘れてはならないでしょう。

私だって先人の書物、HPなどから引用させていただいたりして文を書く事はありますが、出典は明記する、あるいはリンクを張って引用元がどこなのかわかるように心がけています。

コピー&ペーストの氾濫で、悪い意味でのエピゴーネンを感じています。



posted by そま@み熊野ねっと at 23:59 | 日記

2009年02月21日

旧社地の石積護岸

本宮大社旧社地・大斎原で発掘された石積護岸の現地説明会にうかがってきました。
今回公開された江戸時代から現代にかけての石積護岸は発掘箇所が7つあり、各1〜7トレンチと称され、そのうちの1つ・第6トレンチには石段がありました。
宮司さんのお話によると丁度その石段からまっすぐ上がったところに元々の社殿のうち誠証殿が位置していたのだそうです。

現地説明会当日までは公開前の為撮影禁止でしたが、行政局の方にうかがったら今日は撮影しても良いですとのことで撮影させていただきました。

石積護岸1
横から見た第6トレンチ

熊野古道中辺路からの参詣者は本宮大社から速玉大社へ参詣する為、この石段を降りて船に乗っていったのでしょうね。
説明会ではその第6トレンチの石段の上はおりて歩いても大丈夫だったのでじっくり見学させていただきましたが、こんなに深いところに元々の川はあったのかと驚きました。
時代と共に土砂が堆積し、だんだんと川の深さが変わっていったのだそうです。

石積護岸2
楔状の石材が見られる第2トレンチ

明和7(1700)年の大火で焦げたと思われる部分も見え、部分ごとに石積の年代が違うのでその工法も違い、石段の下にまた古い石段が見えていたり・・・まさに百聞は一見にしかず、石積の現場は本宮の長い歴史の変遷を感じさせてくれました。

この石積護岸は保存のため近日埋め戻される予定です。
タグ:大斎原
posted by そま@み熊野ねっと at 23:44 | 日記

2009年02月20日

西行のこと

昼間、本宮町の切畑から切原にかけて大きな虹が出ていました。
田んぼの向こうに輝く虹、綺麗だったなあ(^^)。

夜、研修会。歌人・西行(さいぎょう)についてのお話でした。西行は若い頃「北面(ほくめん)の武士」(上皇に仕える武士)で、1140年(保延6)に出家し、何度も熊野参詣に訪れていたそうです。
本宮に関する歌では
「たちのぼる月の辺りに雲消えて 光重ぬるななこしの峯」
が有名ですね。
この場合、七越の上に月が見えたのであれば、おそらく大日山月見岡あたりから見たのではないか、という見方もありました。


「願はくは花のしたにて春死なん そのきさらぎの望月の頃」
有名なこの歌は60代で詠んだもので辞世の句ではなかったそうですが、最期は歌の通り「そのきさらぎの望月の頃」、つまりお釈迦様が入滅なさった2月15日、その翌日に亡くなったそうです。
私は毎年桜を見るとこの歌を思い出します。

西行と熊野については下記ページをご参照ください。

み熊野ねっと/西行法師:熊野の歌
http://www.mikumano.net/uta/saigyou.html

熊野の説話/西行法師の帰り松
http://www.mikumano.net/setsukan/saigyouk.html


西行花伝/辻 邦生
posted by そま@み熊野ねっと at 23:26 | 語り部

2009年02月19日

温泉の元乙女

温泉に通っていると、地域の人は高齢な人たちでもお肌がきれいだなと思います。生活環境がよくて毎日清潔にして健康な食生活と暮らしを送っていれば、特別な化粧品を使わなくてもきれいなのでしょうね。

私はあまりいろいろな化粧品を使わずナチュラルメークどまりですが、エタノールや刺激物で皮膚が疲れないようなるべく添加物の少ないものを使うようにしています。
人体への刺激も気になりますが、それがどんな作られ方をしているのかも気になりますし。20年ほど前、とあるちらしでこういうことも知ってしまいました↓
wapediaのページ
http://wapedia.mobi/ja/%E5%8B%95%E7%89%A9%E5%AE%9F%E9%A8%93

20年たった今、時代の流れとともに企業も消費者も意識が変わりつつあると思います。
大手企業も商品の海外戦略を考えれば、生体実験を禁止するEUの方針に従わざるをえないでしょう。

化粧品に何を選ぶのかは人それぞれ。
でも温泉でお肌のきれいな元乙女サンたちをみるにつれて、その秘訣は化粧品以外の要素なのではなかろうかと思います。モデルになった知人も外側から塗るものより内側に取り入れるものが大事と言っていたし。
化粧品を多用してきた世代の人たちが高齢になった時、はたしてきれいなお肌を保てるのかな。


アニマルフリー。
タグ:化粧品
posted by そま@み熊野ねっと at 16:30 | 日記
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