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2011年04月20日

平成23年本宮大社渡御祭

平成23年の本宮大社例大祭湯登神事の記事から続きです。4月14日は御神楽はありませんが午前9時から船玉大祭と奉納行事、今年は合気道、日本舞踏、ご当地ソングの女王水森かおりさんの歌唱があり、午後5時からは前夜祭が行われました。
15日はTwitter経由のネット友達さんが来てくれて、昼まで熊野を案内することができました。こんな余裕の日程は久々で、楽しかった。来熊下さった皆様有難うございました。
神事については古文書の記録を含めみ熊野ねっとにUPしましたのでご参照ください。
http://www.mikumano.net/photo/hongu23/index.html

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昼過ぎから渡御開始。本殿を出発するのは例年1時ですが、降水確率が高かったので開始時間が急遽早まり結局12:45頃本殿を出発して真名井社を経て旧社地大斎原まで渡御しました。

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真名井では先に神職さんが祝詞奏上等の神事を終えていらしたので、渡御は八撥神事のみ斎行しました。

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真名井社での八撥の稚児
(画像提供:kmauiupopoさん)


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大斎原で神事が始まると御神楽の前に震災で犠牲になった方々への鎮魂と復興の祈願がなされ、私もお祈りさせていただきました。低頭している間、だんだんと体が暖かくなってきて斎庭に陽が差し始めたのがわかり、降り出していた小雨が御神楽の間は止んでいました。例大祭、大人の自分には来年もあるけど、3月から一緒に御神楽の練習をしてきた舞の中学生達は今年だけなのだから、どうかあの子達に雨を降らせないで・・・と思っていたのも聞いてくださったかもしれません。神恩感謝。今年の大和舞・巫女舞は歌も笛も舞もとても合って、良く出来たと思います。練習の時からみんな真面目で意欲的に取り組んでいた成果でしょう。

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子供達による御田植神事。女の子は榊を持っています
(画像提供:kmauiupopoさん)。


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子供達による御田植神事。男の子は農具を模した道具を持っています。
(画像提供:kmauiupopoさん)。


小さい子たちの御田植はいろいろ惜しかったので、来年までの自分自身の課題です。精進せねば。御神楽が終わって熊野修験道の護摩焚きでは行者さんから箱に入った色とりどりの御幣を勧められ、1本いただきました。有難うございます。黄色の御幣。帯に差して八撥の笛を吹きましたが、期せずして笛列中央に立っていました。五色の幣を立てる時って黄色が真ん中なのだそうで、奇遇です。

餅まきの後は大斎原最後の八撥をして、還御祭で本殿に帰還。傘をさしながら御幸道を歩いて帰りました。
本殿に帰還すると各社殿ごとに最後の八撥神事。13日の湯登神事から何度も繰り返した八撥が、この時に最も長く行われます。現在の御本殿は第一〜四殿までですが、最後の八撥は第一殿、第一殿と二殿の間、二殿、三殿、四殿、最後にまた第二殿の順に、計6回行います。第一・二殿において計4回八撥が行われることになり、これは熊野夫須美神、事解之男命、速玉大神、伊弉諾尊、という元々の御祭神に合わせての事なのだと、本宮大社の神職さんから伺いました(御教授有難うございました)。
そうして長い御旅をなさった御祭神に還御いただき、例大祭は終了です。御参加の皆様お疲れ様でした。

祭の間肩車で過ごしたお父さんと息子さん、付添のお母さん、祭に参加された方々、きっと新しい絆が出来たことと思います。

7.5追記 画像一部、kmauiupopoさんの本宮大社例大祭記事からいただきました。有難うございます(記事には動画も掲載されています)。
http://blogs.yahoo.co.jp/kamuiupopo/9848349.html



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昔の記録を見ていて気になるのは、明治期の熊野本宮大社「社法格式写」(延宝〜天和年間の原本の書写)に“獅子八撥猿楽”という記述があることです。この「獅子」は獅子舞だったのでしょうか。現在獅子は登場しませんが、どういうものだったのでしょう。新潟県佐渡市赤泊の杉野浦という所には紀伊熊野本社から伝わったという獅子舞が伝承されているそうです。こういった地方に伝承されている熊野由来の獅子舞から、わかる事もあるかもしれませんね。
月刊「佐渡国」の記事にリンク
http://www.on.rim.or.jp/~mhiroshi/saredo/matsuri/matsu_06.html


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posted by そま@み熊野ねっと at 19:59 |

2011年04月19日

平成23年湯登神事

4月13日〜15日、恒例の本宮大社例大祭(通称:本宮祭)が斎行されました。私は今年も渡御の中なので、写真は夫撮影です。

神事の次第についてはみ熊野ねっとにUPしていますのでこちらご参照ください(フラッシュ使用)。
http://www.mikumano.net/photo/yunobori23/index.html

13日の湯登神事は朝9時30分に本宮大社本殿前で拝礼の後、神職さん、氏子総代会、熊野修験者、稚児さんを肩車した「ウマ」と呼ばれるお父さん、付添のお母さんたち(役職名はないけど、稚児役の子達のお守をするのだから大切です)と大社を出発し、真名井社近くからバスで町内の湯峰地区まで移動しました。出発の時、急遽総代さんのリクエストで15日に奉奏する大和舞の笛を吹きながらの渡御になりました。サプライズ。湯峰に着くと桜の開花が例年より遅かったせいか、今まで見たことのないような一面の桜吹雪が。青空を背景に、感無量の美しい光景でした。祭までの紆余曲折を労うような桜と青空に、神恩感謝。

今年の斎館(当屋)は老舗旅館「あづまや」さん。湯垢離(ゆごり。温泉での禊)をした後、斎食をいただきました。内容は毎年変わりますが、定番の温泉粥に、筍の子木の芽和合、板取り、鮎笹香り総身焼き、薬膳酒等々盛り沢山でした。御馳走様です。この日は斎館の部屋割、潔斎所の案内、献立表等ご用意いただき、館内放送での案内もあり、とても助かりました。

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渡御の一行は午後1時から湯峯王子へ。八撥(やさばき)神事が斎行されました。八撥は稚児が左に3回、右に3回、左に3回、笛と太鼓と総代さんの「さがりやそー!」「あがりやそー!」の掛声で回り、御祭神が稚児に遷られる神事です。その後、大日山へ。稚児さんの額には赤く「大」の字が書かれ神の子であるとされますが、この大の字は神道化する以前の修験道の名残で大日如来を表す、という説もあるそうです。大日越をする大日如来の子、というのはあり得る話かもしれません。

祭の日の稚児さんは神の依代で神聖な存在となり地面につけてはならないのでお父さんが肩車をして渡御・山越えをします。湯峯王子の前では観光協会の方達により温泉粥と温泉コーヒーのサービスがあり、斎食でおなかいっぱいでしたが総代さんに勧められ少しいただきました。今年の湯登は例年より歓待していただいているのを強く感じました。

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大日山は、新人さんと並んで山登り。急勾配なので周りは息切れしていたようですが2人とも熊野古道慣れしているので楽々話しながら登れました。お互い山女やのう。中腹の鼻欠地蔵まで行くと熊野修験の方々が御祈祷、その先の大社境外社・月見岡神社へ渡御して再び八撥神事。祠の前の大日堂では行者さん方が御祈祷。神事終了後下山して午後3時頃、大斎原前の札の辻(ふだのつじ。木の鳥居の所)で旧社地を遥拝し、湯登神事は解散しました。

午後5時30分からは宮渡(みやわたり)神事(開始時間は年により変動)。拝殿で八撥神事の後、旧社地大斎原に渡御し再び八撥神事、真名井社まで渡御してこの日最後の八撥神事の後、大社鳥居前まで帰還し解散。13日の祭は桜吹雪の中で過ごしました。
タグ: 湯登
posted by そま@み熊野ねっと at 15:48 |
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