東北の民俗芸能復興を応援する活動のリンク

2011年06月30日

被災地の民俗芸能復興支援の活動

被災地の民俗芸能復興支援の活動を、前記事に続きご紹介させていただきます。リンク先各HPを熟読の上、ご支援・ご賛同いただける方はどうぞ宜しくお願いいたします。
情報ご提供いただきました「民俗芸能STREAM」の西嶋さん、有難うございます。

●岩手の民俗芸能を応援する募金「とりら募金」
http://torira.exblog.jp/16022642/
(ふるさと岩手の芸能とくらし研究会様)

●岩手県陸前高田市 長砂七夕祭組
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=nagasuka_tanabata
(上記HP、閉じられたようです)
8月6、7日開催の「うごく七夕まつり」公式HP
http://www.rikuzentakata.tv/
blogとりらの記事(山車復活のための義援金募集等掲載)
http://torira.exblog.jp/16188188/


●宮城県石巻市 雄勝法印神楽
http://www.geocities.jp/hoinkagura/
お神楽の復興支援金募集の告知や現地の被災状況について掲載。
(雄勝法印神楽様)

●東日本大震災 芸術・文化による復興支援ファンド
http://arts-fukkou.blogspot.com/
(企業メセナ協議会様)

●祈りのバチ
http://www.miyamoto-unosuke.co.jp/shop/bachipray/
太鼓のバチをオンラインショップで販売中。購入代金のうちレーザー彫刻代が企業メセナ協議会の「芸術・文化による復興支援ファンド」へ寄付されます。
(宮本卯之助商店様)

●東日本大震災 自然・文化遺産復興支援プロジェクト
http://www.national-trust.or.jp/shinsaishien.html
被災により継承が困難になった民俗文化財や無形文化財の修理・復旧等への助成。募金受付期間は平成25年3月31日までを予定。
(財団法人日本ナショナルトラスト様)

●(社)全日本郷土芸能協会
http://blog.canpan.info/jfpaa/archive/89
被災した地域の郷土芸能情報がまとめて掲載されています。各団体へのリンクもあります。
(全日本郷土芸能協会様)

gonsama-5.jpg

特に民俗芸能の活動団体・支援団体様を掲載させていただきました。
東北と熊野は1000年もの昔から深い御縁があり、ご当地の郷土芸能には熊野信仰にかかわる芸能や、素晴らしい演目が沢山伝えられています。上記団体様方の他にも民俗芸能を応援するための支援活動の情報が「民俗芸能STREAM掲示板」に多数掲載されていますので、是非ご参照ください。
http://minzokugeinou.bbs.fc2.com/
(民俗芸能STREAM様)
posted by そま@み熊野ねっと at 23:17 | 民俗芸能

2011年06月24日

とりら 岩手三陸沿岸の民俗芸能応援募金のこと

今月、東北から熊野の我が家に「権現様」がやって来ました。かわいいカスタネットになっています。権現様カスタネット(カスタネット獅子)は元々東北の獅子舞(権現舞)を元にして作られた郷土玩具で、ネットで見て一目ぼれした私に、岩手の方がアレンジしたお手製のものを送ってくださいました。有難うございます。

gonsama-2.jpg
木の幹に腰かけるごん様。

獅子舞の郷土玩具があり、宮沢賢治の作品にも鬼剣舞(おにけんばい)や鹿踊(ししおどり)が出てくるように、岩手には長い年月をかけて伝承されてきた素晴らしい民俗芸能やお祭りが沢山あります。3月の東日本大震災で多くの方々が甚大な被害を受け生活基盤からの再建をされている中、被災地の郷土芸能の存続を心配される方も多くいらっしゃると思います。

写真の「権現様」を作られた方は「ふるさと岩手の芸能とくらし研究会」の方で、研究会の方々は現地で聞き取り調査をしながら、三陸沿岸の民俗芸能を応援する募金「とりら募金」を開設されています。私も微力ながら募金させていただきました。募金は岩手三陸沿岸の民俗芸能団体へのお見舞い、楽器・装束の整備費用等にあてられるとのことです。下記、blog「とりら」の募金のページより転載させて頂きます。

-------------------------------------------------------------------------------


とりら 岩手三陸沿岸の民俗芸能応援募金 要綱 

●趣意 
 岩手の三陸沿岸には、巡行の形態を持つ神楽を始め、虎舞、鹿踊り、念仏剣舞など多様で特色ある民俗芸能が分布しています。数にして260〜280もの団体が、地域社会の絆と信仰を支え、ある部分では 経済的地域循環の一部となる役割を担ってきました。

 3.11東日本大震災により、沿岸の市町村は計り知れない大きなダメージを受けています。生活基盤の立て直しもなかなか進まない今、芸能者の皆さんは「芸能どころではない」という気持ちと「自分にはふる さとを元気にする役割がある」という自尊心の間で揺れています。

 このような状況の中、私たち「ふるさと岩手の芸能とくらし研究会」は、ささやかな取り組みとして、岩手三陸沿岸の芸能をお見舞しなが ら、現況や当事者の気持ちを聞き取り、要望に応じて可能な範囲で楽器・装束などの整備を応援します。
 またそこで得た情報を公開し、民俗芸能を援助する機関や他の募金等へつなげて行くお手伝いをします。
 調査報告として2012年に「別冊とりら 震災関連特集号」を作ります。芸能だけに限定せず、生業、祭り、年中行事などを含めた地域 の暮らしの変化を拾ってまとめたいと考えています。

●募金の使用内容 
<1>個々の団体へお見舞いとして、暫定的に1万円程度をお渡しする。
<2>楽器・装束の購入費用にあてる。
<3>「別冊とりら 東日本大震災 岩手のくらしと芸能(仮題)」を発行し、関係団体等へ無料配布しながら一部販売する。(2012年 発行予定・部数未定)
 ※公演は使用目的としない。

●経過報告と収支報告 
 ・順次ブログとりらで経過報告をする。
 ・6月9月12月3月各末日〆でブログ上で報告する。

●募金の募集期間 
  2012年3月末日。状況に応じて延長する場合がある。

●募金方法 
  <1>手渡し
 <2>郵便振替
 郵便振替用紙に 「岩手三陸沿岸の民俗芸能応援募金」 と明記して下さい。
 希望者には用紙をお送りします。
  口座番号02240-4-69271
  加入者名 ふるさと岩手の芸能とくらし研究会
  ※振り込み手数料のご負担をお願いします。

【問い合わせ&振替用紙請求先】
○ふるさと岩手の芸能とくらし研究会(代表 吉田隆一)
 事務局 TEL&FAX.019-662-4513 (飯坂真紀) 

-------------------------------------------------------------------------------


引用部分原文のままにしたく、文中の吉田様、飯坂様のお名前は敬称を略させていただきました。募金の締切は2012年3月末日予定です。岩手三陸沿岸の芸能を応援したい!という方はご協力どうぞ宜しくお願いいたします。

gonsama-4.jpg
音無川を渡るごん様。

東北には修験者・比丘尼らにより熊野信仰が多く伝えられ、権現舞と呼ばれる獅子舞の中には熊野権現様も多くいらっしゃるということを、熊野の人は忘れてはならないでしょう。
いつかこんな事があったらいいのにな、という夢ではありますが・・・北上みちのく芸能まつりみたいに、熊野でも「権現舞大群舞」があったら良いと思いませんか?熊野三山、もしくは大斎原で、そんな企画があったらいいのになと思っています。
posted by そま@み熊野ねっと at 03:52 | 郷土芸能

2011年06月02日

昭和の本宮祭

6月2日、和歌山県田辺市本宮町の本宮コミュニティにて"第五回地元のおいさんに昔話を聞かせてもらう会"がありました。今日のテーマは「本宮祭」(ほんぐうまつり、熊野本宮大社例大祭)
お話し下さったのは1935年生まれの地元の先生で、昭和初期の祭の様子を伺ったり、貴重な写真を見せていただく事が出来ました。

本宮祭に出る本宮地区の男の子は主に3歳の時に稚児、小学校低学年で苗持ち(御田植神事)、中学校で大和舞の役を務め(男子4人)、女の子は小学校低学年で早乙女(御田植神事)、中学校で巫女舞の役を務めます(女子4人)。先生は昭和13年に稚児の役を務め、その時に胸に提げた鼓を撥で打ち鳴らしながら回ったのを覚えているそうで、73年前のお祭りの事が訊けるなんて、とても嬉しい事でした。

今日のお話しの中でも中心になっていたのは、昭和の御神輿のこと。旧社地・大斎原の「札の辻」にある木の鳥居を越えて音無川にかかる橋を渡り石垣の手前までくると「しばらくは 花の下なる御輿かな」と書いた句碑があるのですが、なぜこの句に「花の下なる・・・」と書いてあるのかということについて、今の御神輿と昔の御神輿が違うことをお話ししてくださいました。

hongu35-1.jpg
昭和の御神輿。下の台の中に人が乗っています

今の御神輿は上に鳳凰がついた形ですが、元々は英語で言うと"portable shrine"と書くように、御社殿の縮小版ともいえる千木・鰹木のついた形をしており、上の写真の様に幕を被せた円形の骨組の台上に乗った二段式だったのだそうです。渡御で担いできた御神輿を大斎原でその円形の台に納めてから神事を行い、その後、本宮地域と地域外の人達で大斎原で御神輿の押し合いをしたのだそうです。
先の句は、その押合いをしている間の光景を「しばらくは 花の下なる・・・」と詠んだのではないか?ということでした。

hongu35-2.jpg
御神輿を担ぐ「御大工(おんだいく)」

今の御神輿は青年会の人達を中心にわっしょいわっしょいと担ぎますが、かつての渡御ではわっしょいとは言わずに粛々と行い、御神輿を担いだのは本宮大社おかかえの宮大工さん達「御大工(おんだいく)」で、地元の子供達は「おだいく」と呼んでいたといいます(上の写真をご参照ください)。そして押合いで壊れた部分があっても御大工さん達が修復したそうですから、「俺達が直す」という意気込みを持って御神輿を担いでいたのだと先生はお話しされていました。
写真を見て不思議に思ったのは(この写真は昭和35年のもの)御神輿を担ぐ宮大工さんが山伏のつけるような頭巾をつけていることです。何故頭巾なのかはわかりませんが、これも気になる所です。

旧社地・大斎原で明治22年の大洪水の水害があってから現在の高台に熊野本宮大社の御社殿を移築するのに江戸から大勢の大工さんがいらして工事を行ったそうですから、昔の御神輿のことを伺って、より一層本宮にとって宮大工さんがとても大切な存在だったのが伝わってきました。
またの機会にお話しを伺えますように。
タグ:本宮祭
posted by そま@み熊野ねっと at 23:00 |
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。