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2009年10月23日

秋の古道

*ブログページ右側にTwitterの私のつぶやきが表示されるようになっています。こちらはちょくちょく更新中。表示に不具合がある場合、直リンクはこちら↓
http://twitter.com/somakuma

*熊野古道中辺路ルートを伏拝王子本宮大社まで観光社さんのお客様をご案内。アサマリンドウとミヤマママコナの花を眺めながらの古道歩きでした。

祓戸王子を経て本宮大社に着くと、祓戸王子に近い方の鳥居から少し歩いた所の敷地内では檜の皮を剥ぐ作業の真っ最中でした。神職さんにうかがったら、その檜の皮は御本殿の檜皮葺(ひわだぶき)の屋根を葺くのに使われるのだそうです。檜皮採取の現場というものを初めて拝見しましたが、檜の表皮だけを剥がす作業、集中力と技術がいるのでしょうね。この作業がなされているということは、近いうちに屋根葺き替えの予定があるのかもしれませんね。
古道歩きの皆様、お疲れ様でした。残りの旅もどうぞ楽しんで下さいます様に。

帰宅後、歴史好きなお客様方と関所や通行手形についてお話していたことを思い出し、ネットで検索してみました。するとWikiに「芸人や力士などは通行手形の代わりに芸を披露することもあった」と、ありました。おおっ、昔の人はなかなか粋な事をなさったものだ・・・タイムマシンがあったなら、いにしえの関所越えの様子を見てみたいものです。



タグ:古道
posted by そま@み熊野ねっと at 22:34 | 語り部

2009年09月27日

大斎原へ

発心門から本宮大社まで、関東からのお客様2名様をご案内。
ここに書かない日もご案内していますが、今日は久々に記録。
伏拝のお茶屋さんで温泉コーヒーをいただいたり、秋の山野草を眺めたり、大社で御社殿の解説をしていただいたり、熊野のお話をしつつ楽しく歩けました。
大斎原までは・・・

大斎原に行こうとすると、和泉ナンバーの車が10台近く国道から御幸道へ勢いつけて曲がって行きました。
いやなかんじがするなあ・・・と思いながら大斎原に到着すると、その車から降りてきた人達は石祠の前に大きな紙パックの酒を並べはじめました。

勝手にお供えもんしたらあかんって事、そこの看板に書いてあるやろ。

と思いつつ見ていると、祠の台に土足であがりこんで、ろうそくまで灯しはじめた。
なんて失礼な・・・
他の参拝客さんたちも、これではお参りしにくいこと甚だしい。
これは神社の人に言った方が良いのではと思っていると、酒とろうそくを引き上げてそそくさと車を出して去って行きました。
直後に巡回の人が来たので状況説明。
どうもたまに来るシュウキョウカの人の団体らしい。
お客様は、有名になるとこういう事もあるんですね・・・と、シュウキョウカの人々の不遜な態度にあきれていた。

その後、昼食をいただいて気分を盛り返しましたが、帰りに石祠周辺をチェックしてみると誰がまいたかわからんけど塩をまいたあとがありました。

聖地に塩まくとは何事か。むしろお前自身に塩振って清めろ。

と、腹立たしい気持ちをおさえつつお客様方をお見送り。
大斎原ではあんな事があったけど、古道歩きの楽しい記憶が残ってくれるといいな。

ちょっと変な人が来たぐらいでここの本質的なものは何も変わらないだろうけど、そっとしておいてほしい所、大切にしておいてほしい所ってあると思いました。
posted by そま@み熊野ねっと at 22:52 | 語り部

2009年07月29日

久々の青空

雨のち晴れ。
昨日熊野本宮館で出会った遠方からのお客様(熊野本宮館の北棟には語り部の受付所があります)を熊野古道伏拝王子から熊野本宮大社までご案内。
昨晩も今朝も大雨だったので、歩く前に本宮大社本殿に参拝して

数時間でいいですから雨を弱めていただけませんか?

と、祈願してみました。音無川熊野川も水位がだいぶ上がってしまっていたので、古道歩きだけでなく水害の心配もあったのです。

そのうちだんだん雨は小降りになってきて、伏拝王子に着いて歩き出す頃には止んでいました。タイミングがよかったのか?祈りが通じたのか?どちらにしても、連日の大雨を止めてほしいと願っていたのは私だけではないでしょうね。

ゴアテックのレインコートで雨対策ばっちりだったので、その後は歩くうちに汗をかいて暑いこと暑いこと(^^;)。

これだけ大雨が続いたあとの熊野古道は所々川のように水が流れていて、ざぶざぶと歩きながら“濡れ草鞋の入堂”ならぬ“濡れスニーカーの入堂”ですね〜、って言いながらお客様と笑いあっていました。

本宮大社に着く頃には青空が見え、本殿でお礼参りをしてお客様をお見送りしました。残りの行程も無事に楽しんで帰ってくださいますように。
posted by そま@み熊野ねっと at 21:57 | 語り部

2009年07月13日

土入れ

日中、熊野古道の保全作業で土入れ。
だいぶ短縮バージョンでした。
某番組の取材があり、双子の女優さんが土入れ体験をされましたよ。
慣れない山道で、お疲れさんでした。
見晴らし台〜祓戸王子間の、どこかです。
歩いていて新しい色の土をみかけたら、作業跡だと思ってください。

ナン

夕方、用事で新宮へ。久々にインド亭に行き、ナンを食べました。ここのナンはおしみなく大きいので食べがいがあって好きなのです。
posted by そま@み熊野ねっと at 22:22 | 語り部

2009年07月12日

梅雨の晴れ間

皆地猫

梅雨の晴れ間、暑いです。写真は昨日の朝、夫を工房に送った時に皆地の道の真ん中で朝寝していた猫さんです。危ないよ!と、どかそうとすると、軽トラのおじさんが苦笑しつつよけて通ってくれました。

昼、発心門王子から本宮大社まで40名様を語り部2名でご案内。「極楽のあまり風」が気持ち良い1日でした。日帰りされるのは高速道路が田辺まで延び、交通の便がよくなったからなのでしょうが、ゆっくり宿泊込で来熊していただけたらな・・・とも思います。
posted by そま@み熊野ねっと at 22:22 | 語り部

2009年06月06日

昔の街道のなごり

有志の勉強会で町内の大瀬から湯峰まで、昔の「小栗街道」が通っていたであろうと思われる道を歩きに行きました。すべての道が昔のままという状態ではなく、半分ぐらいは道なき道を、藪こぎしながら切り拓くように進みました。

御神木とお地蔵さん
大瀬の馬頭観音さんの御神木とお地蔵さん

そんな中でも今も人が通ると思われる道ではいろいろな発見がありました。大瀬の馬頭観音さんのもっと上には三峰神社(大瀬の人たちはミツムネジンジャと発音していました)の名残があるそうで、今は祠もないそうですが、そこにはオオカミが祀られていたそうです。集会所の上方では弘法大師の「まかずの蕎麦伝説」の場所があるのですが、案内板が倒れていて、それ以外は何もない状態でした。昔は蕎麦が栽培されていたのでしょうか。

武住(ぶじゅう)峠には老杉の大木があり、ここでお昼ごはんタイム。

武住峠の大杉
武住峠の大杉

杉の横にはお地蔵さんがお祀りされていて、自分たちだけお弁当をいただくのも気が引けたので後でこっそり、小さく丸めたお米をほんの少しですがお供えしました。杉とお地蔵さん、お昼の憩いをありがとう。小栗街道を人が行き交っていた頃からそこにいらしたあなた方に、当時の様子をうかがってみたいと思いました。

武住峠のお地蔵さん
武住峠のお地蔵さん

杉の大きなウロで昼寝ができそう・・・と思いましたが、この時期の山はダニがわさわさ歩いているので、実際ここで寝たらたいへんなことになるでしょう。馬頭観音さんの御神木のあたりではヒルがぼたぼた落ちてきていましたし、温湿度の上がってくる時期の山は虫対策がたいへんなのです。熊野古道として整備されているような道ではそんなでもないのですが・・・山にいると、いかに都会が人の為に作られている世界なのかがよくわかります。
某さんに山登り用スパッツを貸してもらって本当によかった。それでもヒルが2回程自分の足に登ってきていて、仲間に発見してもらわなかったらあちこち血を吸われていたことでしょう。

四辻峠
四辻峠

四辻峠から東、曲川の舗装路まではあちこち崩れていて(なのでおすすめできないし、1人で行くには危険な場所)我々の前に道はなく、我々の後に道ができたというかんじ。病に苦しむ人たちが湯峯めざして通っていた頃は、もっと歩きやすい道だったのでしょうが。

小栗街道について参照URL:
上富田町文化財教室シリーズ・口熊野と小栗街道


串峠にさしかかる前、舗装路で蛇を発見。ほんの20cmぐらいの小さな蛇だったのですが、蛇の本体というより影だけが抜け出して歩いているように見える、不思議な蛇でした。蟲師を読んだ後なので、これも蟲だったりして、と空想してみました。

串崎大師さんで休憩したり、湯の峯荘入口近くにある頌徳碑を見たりしながらゴールの湯峯温泉に到着。発起人さんの奥様が温泉の湯筒でゆでた卵をくださいました。ごちそうさまです♪
朝から夕方まで1日中山歩き。気持ちの良い汗をかいた1日でした。

posted by そま@み熊野ねっと at 22:59 | 語り部

2009年06月03日

谷の百合

近県の小学生たちと学校の先生方が来熊され、地元小・中学生たちと同行し熊野古道の修繕作業をして下さいました。語り部の会はその応援隊で道案内。作業をしてくれたのはカトリックの学校の生徒さんたちです。

お昼御飯の時には伏拝王子でカトリックのお祈りをしてからお弁当をいただきました。熊野は神道でなければならないということもない、様々な宗教どうしが共存してきた場所ですから、不思議な光景でもないのでしょう。自分も小学校から中学校まで教会の日曜学校(プロテスタント)に通っていて、当時は聖書、旧約も新約も全部読んだものです。だから賛美歌も大好きですし、教会を懐かしく思い出しながら、一緒にお祈りしました。

昼食後は近県小学生&地元中学生たち、1時間もしないうちに1トンの土を熊野古道に補充してくれました。頑張りましたね、お疲れ様!
ゴールの本宮大社を生徒さん達が参拝する様子を、シスターさんが境内でほほえましく見守っていらっしゃいました。
いろいろな宗教同士が争うことなく助け合うことができる、日本はいい国だなと思います。




今日の題について、旧約聖書の「雅歌」第2章に出てきます。

「わたしはシャロンのばら、谷のゆりです。

おとめたちのうちにわが愛する者のあるのは、いばらの中にゆりの花があるようだ。」


上記訳は、自分の手元にある1975年発行の聖書より。ささゆりの季節にちなんで。


posted by そま@み熊野ねっと at 21:59 | 語り部

2009年04月22日

ハルゼミ鳴く

晴れ。熊野古道発心門王子から本宮大社まで、語り部2名でご案内でした。途中でタケノコを持って逃げる猿、蛇、鶯、いろいろな生物に遭遇。伏拝王子から三軒茶屋あたりでジージージージーと、蝉の鳴き声が!お客様方は驚かれていましたが、これは夏の蝉と違い、春に鳴く「ハルゼミ」です。もうハルゼミの季節になったんだなあ。

途中でプチ熊野弁講座。本日は「まくれてくろにえる」をお題にしました。「まくれてくろにえる」は「転がり落ちて青黒いあざができた」という意味になります。
私:「私に続いて復唱して下さい。はい、『まくれてくろにえる〜!』」
お客様方:「まくれてくろにえる〜!(^o^)」
覚えてくれたかな?山野草はとったらあかんけど、熊野弁をひとつおみやげに持っていってもらったら嬉しいのです。
本宮弁なら、「本宮つれづれ」がおすすめ。
http://wiki.livedoor.jp/hongu/d/%A4%AF%A4%ED%A4%CB%A4%A8%A4%EB
病み上がりだったけど、古道を歩いていたらお客様方の楽しそうな様子に元気をもらいました。またぜひ来てくださいますように。
タグ:熊野古道
posted by そま@み熊野ねっと at 20:38 | 語り部

2009年04月20日

研修会

今月の語り部研修会、「藤原定家の後鳥羽院熊野御幸記を読む」として、てつが講師を務めさせていただきました。
てつの日記↓
http://mikumano-net.seesaa.net/article/117876093.html
中辺路に入ってから熊野三山を巡って本宮に戻るまでの部分の御幸記(10月13日〜20日の参詣記録まで)を現代語訳しつつ、会員のみなさんと語り合いました。
私はここの研修会の、わきあいあいとした寺子屋っぽい雰囲気が大好きです。

ブログでの現代語訳はこちら
藤原定家の『後鳥羽院熊野御幸記』を現代語訳してみます
http://teika.sblo.jp/

ありがたいことに御好評いただきましたので、次回の日程は未定ですが藤原頼資の「修明門院熊野御幸記」の現代語訳についてお話させていただくと思います。またの機会に皆様宜しくお願いいたします。
posted by そま@み熊野ねっと at 22:51 | 語り部

2009年03月26日

熊野古道・花見弁当

お客様3名様を熊野古道大日越へご案内。
大斎原で桜を見ながらお弁当をいただきました。
O村屋さんのお弁当、おいしかったなあ。
お客様方にも好評でした。
七越峰でも桜が咲いてきているので、そろそろ七越でもお花見をしたいものです。
posted by そま@み熊野ねっと at 23:51 | 語り部
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